言い訳なんて、いいわけない!「酸っぱいぶどう」から得られる教訓。

イソップ物語に、「酸っぱい葡萄(ぶどう)」という話があります。

ある日、お腹を空かせて歩いていたキツネが、たわわに実ったおいしそうな葡萄を見つけます。
キツネは何とかして、その葡萄を食べようとして跳び上がります。
しかし、葡萄は高い所にあるため、どうしても届きません。
キツネは怒りと悔しさから、「どうせこんな葡萄は、すっぱくてまずいだろう。誰が食べてやるものか。」と捨て台詞を残して去っていくという話です。

この心の作用を、心理学では、「合理化」と呼びます。
ある目的を達成できなかったとき、自分の責任だと思うのではなく、自分以外のせいにして、自分に都合の良い言い訳を考えだし、自分で自分を納得させ、心を慰めようとするものです。

手に入れたくてたまらないものがあるのに、その対象を価値がない・低級で自分にふさわしくないものとあきらめてしまうのか、手が届くように、行動を起こすのか、どちらの方が良いでしょうか。

英語では、「すっぱい葡萄(Sour Grapes)」は、「負け惜しみ」という意味を表します。
負け惜しみを言わなくても良いように、行動したいものですね。